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TEDMED 2016

Carolyn Jones: A tribute to nurses

カロリン・ジョーンズ: 看護師への贈り物

Filmed
Views 1,134,849

カロリン・ジョーンズは5年という歳月をかけて、アメリカ中の看護師にインタビューし、写真や動画を撮り、アメリカ国内の大きな公衆衛生の問題に関わるいくつかの場所を旅しました。彼女は医療の最前線で働く身近な英雄達を賞賛する中で、彼らの不屈の献身について個人的な物語を語ります。

- Photographic ethnographer
Carolyn Jones creates projects that point our attention towards issues of global concern. Full bio

患者というものは
00:12
Asとして patients患者,
自分の主治医を
覚えているものですが
00:13
we我々 usually通常 remember思い出す
theその names名前 of our我々の doctors医師,
看護師の名前は
忘れてしまいがちです
00:17
butだけど oftenしばしば we我々 forget忘れる
theその names名前 of our我々の nurses看護師.
私は 1人覚えています
00:21
I remember思い出す one1.
数年前に乳癌にかかり
00:23
I had持っていました breast cancer aa few少数 years ago,
どうにかこうにか
手術を終え
00:25
andそして somehow何とか I managed管理された
to get取得する throughを通して theその surgeries手術
治療の初期段階を巧く
切り抜けました
00:29
andそして theその beginning始まり
of theその treatment処理 justちょうど fine細かい.
何が起こっているかを隠し通し
00:31
I couldできた hide隠す what wasあった going行く on.
周囲は何も
知るはずがありませんでした
00:34
Everybodyみんな didn'tしなかった really本当に have持ってる to know知っている.
娘と学校まで歩いて通う事も
00:36
I couldできた walk歩く myじぶんの daughter to school学校,
夫とディナーに行く事も出来
00:38
I couldできた go行く outでる to dinnerディナー with〜と myじぶんの husband;
私は皆をだます事が出来ました
00:40
I couldできた foolばか people.
しかしその後
化学療法の計画が始まり
00:42
Butだけど then次に myじぶんの chemo化学療法薬 wasあった scheduledスケジュールされた to beginベギン
怖くなってきました
00:45
andそして thatそれ terrified恐ろしい me
私の受ける化学療法は
体中の毛が抜けてしまうものだと
00:46
becauseなぜなら I knew知っていた thatそれ I wasあった going行く to lose失う
everyすべて singleシングル hairヘア on myじぶんの body
知っていたからです
00:51
becauseなぜなら of theその kind種類 of chemo化学療法薬
thatそれ I wasあった going行く to have持ってる.
何もなかったふりは
00:54
I wasn'tなかった going行く to be〜する ableできる
to pretendふりをする anymoreもう
もう出来なくなります
00:56
asとして thoughしかし everythingすべて wasあった normal正常.
怖かったです
00:59
I wasあった scared怖い.
皆に腫れ物に触るように扱われるのが
どんなものか 分かっていましたし
01:00
I knew知っていた what itそれ feltフェルト like好きな to have持ってる
everybodyみんな treating治療する me with〜と kidキッド gloves手袋,
ただ 自分は正常だと
感じていたかったのです
01:04
andそして I justちょうど wanted欲しい to feel感じる normal正常.
胸にポートを取り付けられ
01:06
I had持っていました aa portポート installedインストール済み in myじぶんの chest.
化学療法の初日を迎えました
01:08
I went行った to myじぶんの first最初 day of chemotherapy化学療法,
精神的には ボロボロでした
01:11
andそして I wasあった an emotional感情の wreck難破.
担当の看護師ジョアンが
ドアから入って来ると
01:14
Myじぶんの nurseナース, Joanneジョアン, walked歩いた in theその doorドア,
私は椅子から立ち上がって
逃げ出したくてたまらず
01:17
andそして everyすべて bone in myじぶんの body wasあった telling伝える
me to get取得する upアップ outでる of thatそれ chair椅子
体中がうずいていました
01:21
andそして take取る forために theその hills.
しかし ジョアンは 私を見て
旧友のように話しかけました
01:22
Butだけど Joanneジョアン looked見た at〜で me andそして talked話した
to me like好きな we我々 wereあった old古い friends友達.
そして 私に尋ねました
01:27
Andそして then次に she彼女 asked尋ねた me,
「そのハイライト どこで入れたの?」
01:28
"Where'dここで、D you君は get取得する yourきみの highlightsハイライト done完了?"
(笑)
01:30
(Laughter笑い)
冗談でしょう?
01:31
Andそして I wasあった like好きな, are you君は kidding冗談 me?
今にも髪の毛がなくなろうとする時に
そんな話をするだなんて
01:33
You'reあなたは going行く to talkトーク to me about myじぶんの hairヘア
whenいつ I'm私は on theその verge直前 of losing負け itそれ?
私はちょっと 怒って言いました
01:38
I wasあった kind種類 of angry怒っている,
「何ですって? 髪の毛が抜けるのよ」
01:40
andそして I said前記, "Really本当に? Hairヘア?"
彼女は肩をすくめて言いました
01:43
Andそして with〜と aa shrug肩をすくめる
of her彼女 shoulders she彼女 said前記,
「また生えてくるわよ」
01:46
"It'sそれは gonna行くつもり grow成長する backバック."
その時 私が見過ごしてきた
1つの事を 彼女は言ったのです
01:48
Andそして in thatそれ moment瞬間 she彼女 said前記
theその one1 thingもの I had持っていました overlooked見落とされた,
つまり 時が来れば
私の人生は通常に戻るのだと―
01:51
andそして thatそれ wasあった thatそれ at〜で some一部 pointポイント,
myじぶんの life生活 would〜する get取得する backバック to normal正常.
彼女は本当に
それを信じていました
01:55
She彼女 really本当に believed信じる thatそれ.
だから 私も信じたのです
01:57
Andそして soそう I believed信じる itそれ, tooあまりにも.
そもそも 癌と戦っている時に
髪の毛の事を心配するなんて
01:59
Now, worrying心配する about losing負け yourきみの hairヘア
whenいつ you'reあなたは fighting戦う cancer
馬鹿げた事に
思えるかもしれません
02:04
mayかもしれない seem思われる silly愚かな at〜で first最初,
しかしそれは 自分がどう見えるか
心配しているだけではないのです
02:05
butだけど it'sそれは notない justちょうど thatそれ you'reあなたは worried心配している
about howどうやって you'reあなたは going行く to look見える.
皆が気遣ってくれる事を
気に病んでもいるのです
02:10
It'sそれは thatそれ you'reあなたは worried心配している thatそれ everybody'sみんな
going行く to treat治療する you君は soそう carefully慎重に.
彼女のお陰で6ヶ月ぶりに
自分は正常だという気持ちになれました
02:14
Joanneジョアン made me feel感じる normal正常
forために theその first最初 time時間 in six6 months数ヶ月.
私達は彼女のボーイフレンドの事
02:18
We我々 talked話した about her彼女 boyfriendsボーイフレンド,
ニューヨーク市内でアパートを
探している事
02:20
we我々 talked話した about looking探している
forために apartmentsアパート in New新しい Yorkヨーク Cityシティ,
化学療法への私の反応について等
02:22
andそして we我々 talked話した about myじぶんの reaction反応
to theその chemotherapy化学療法 ---
色々な事を話しました
02:25
allすべて kind種類 of mixed混合 in together一緒に.
そしてどうやって彼女が
02:28
Andそして I always常に wondered疑問に思った,
私の気持ちを見抜いているのだろうかと
いつも思っていました
02:30
howどうやって didした she彼女 soそう instinctively本能的に
know知っている justちょうど howどうやって to talkトーク to me?
ジョアン・スタハと
彼女に対する賞賛を機に
02:35
Joanneジョアン Stahaスタハ andそして myじぶんの admiration感嘆 forために her彼女
私の看護師の世界への旅が
始まったのです
02:38
markedマークされた theその beginning始まり of myじぶんの journey
into theその world世界 of nurses看護師.
数年後 看護師の行う仕事を
称え広めるプロジェクトを
02:43
Aa few少数 years later後で,
I wasあった asked尋ねた to do行う aa projectプロジェクト
02:45
thatそれ would〜する celebrate祝う
theその work作業 thatそれ nurses看護師 do行う.
立ち上げるよう頼まれました
私はジョアンと共に活動を始め
02:49
I started開始した with〜と Joanneジョアン,
アメリカ中の100名以上の
看護師と会いました
02:50
andそして I met会った over以上 100 nurses看護師
across横断する theその country.
5年の歳月をかけて 看護師に
インタビューをし 彼等の写真や動画を撮り
02:54
I spent過ごした five years interviewing面接,
photographing撮影 andそして filming撮影 nurses看護師
本やドキュメンタリーフィルムを
制作しました
02:59
forために aa book andそして aa documentaryドキュメンタリー film.
チームと共に
03:02
With〜と myじぶんの teamチーム,
アメリカ中にある この国最大の
03:03
we我々 mappedマップされた aa trip旅行 across横断する Americaアメリカ
thatそれ would〜する take取る us米国 to places場所
公衆衛生上の問題に関わる場所を
訪ねる事にしました
03:07
dealing対処する with〜と some一部 of theその biggest最大
publicパブリック health健康 issues問題 facing直面する our我々の nation国家 ---
この国が直面する問題とは
高齢化、戦争、貧困、刑務所です
03:12
agingエージング, war戦争, poverty貧困, prisons刑務所.
そして これらの問題に関係する患者が
最も集まる場所に赴いたのです
03:16
Andそして then次に we我々 went行った places場所
03:18
whereどこで we我々 would〜する find見つける
theその largest最大 concentration濃度 of patients患者
03:22
dealing対処する with〜と thoseそれら issues問題.
病院や施設にお願いして そこを代表する
最高の看護師を推薦してくれるよう
03:24
Then次に we我々 asked尋ねた hospitals病院 andそして facilities施設
to nominateノミネート nurses看護師
頼みました
03:28
who would〜する bestベスト represent代表する themそれら.
私が最初に出会った看護師の1人は
ブリジット・カンベラでした
03:30
One1 of theその first最初 nurses看護師 I met会った
wasあった Bridgetブリジット Kumbellaカンブラ.
彼女はカメルーンで生まれた
03:34
Bridgetブリジット wasあった bornうまれた in Cameroonカメルーン,
4人きょうだいの長子でした
03:35
theその oldest最も古い of four4つの children子供.
父親は仕事中4階から転落して
03:38
Her彼女 fatherお父さん wasあった at〜で work作業
whenいつ he had持っていました fallen倒れた fromから theその fourth第4 floor
背中に酷い怪我を負いました
03:42
andそして really本当に hurt傷つける his backバック.
父親は 床に臥して
必要なケアを受けられないのが
03:44
Andそして he talked話した aa lotロット about what itそれ wasあった like好きな
to be〜する flat平らな on yourきみの backバック
どんな体験なのかを
話してくれました
03:48
andそして notない get取得する theその kind種類
of careお手入れ thatそれ you君は need必要.
その事が ブリジットを
看護師の仕事へと駆り立てたのです
03:51
Andそして thatそれ propelled推進された Bridgetブリジット
to go行く into theその profession職業 of nursing看護.
現在 ブロンクスで看護師として
03:56
Now, asとして aa nurseナース in theその Bronxブロンクス,
様々な職業、地位、宗教を持つ
多様な患者グループの
03:57
she彼女 has持っている aa really本当に diverse多様 groupグループ
of patients患者 thatそれ she彼女 cares心配 forために,
ケアを行なっています
04:01
fromから allすべて walksあるきます of life生活,
04:03
andそして fromから allすべて different異なる religions宗教.
彼女は私達の文化的差異が
健康に及ぼす影響について
04:05
Andそして she's彼女は devoted献身的な her彼女 careerキャリア
to understanding理解 theその impact影響
理解を広める事に
自分の仕事人生を捧げています
04:09
of our我々の cultural文化的 differences相違
whenいつ itそれ comes来る to our我々の health健康.
こんな患者の話をしてくれました
04:14
She彼女 spokeスポーク of aa patient患者 ---
04:15
aa Nativeネイティブ Americanアメリカ人 patient患者 thatそれ she彼女 had持っていました ---
彼はネイティヴアメリカンで
集中治療室に
羽を1束
持ち込む事を望みました
04:18
thatそれ wanted欲しい to bring持参する
aa bunch of feathers羽毛 into theその ICUicu.
そうする事で 魂の安らぎを
見いだしていたのです
04:23
That'sそれは howどうやって he found見つけた spiritualスピリチュアル comfort快適.
彼女は彼への支持を表明し
04:26
Andそして she彼女 spokeスポーク of advocating主張する forために him
さまざまな宗教を持つ患者がいて
04:28
andそして said前記 thatそれ patients患者 come来る
fromから allすべて different異なる religions宗教
多様な物を お守りとして
使うものだと言いました
04:31
andそして useつかいます allすべて different異なる kinds種類
of objectsオブジェクト forために comfort快適;
それが聖なるロザリオであろうと
象徴的な羽根であろうと
04:35
whetherかどうか it'sそれは aa holy聖なる rosaryロザリオ
orまたは aa symbolicシンボリック featherフェザー,
平等に支持する必要があるのです
04:38
itそれ allすべて needsニーズ to be〜する supportedサポートされる.
こちらはジェイソン・ショートです
04:41
Thisこの is Jasonジェイソン Shortショート.
アパラチア山脈で
在宅看護に従事するジェイソンは
04:43
Jasonジェイソン is aa home自宅 health健康 nurseナース
in theその Appalachianアパラチア mountains山々,
ガソリンスタンドと自動車修理店を営む
父親の許で育ちました
04:46
andそして his dadパパ had持っていました aa gasガス station
andそして aa repair修復 shopショップ whenいつ he wasあった growing成長する upアップ.
それで彼は以前 地元で車を扱っていましたが
今はそこで看護師として働いています
04:50
Soそう he worked働いた on cars in theその communityコミュニティ
thatそれ he now serves奉仕する asとして aa nurseナース.
彼が大学生の頃
04:55
Whenいつ he wasあった in collegeカレッジ,
男性が看護師になるという風潮は
全くありませんでした
04:56
itそれ wasあった justちょうど notない machoマッチョ at〜で allすべて
to become〜になる aa nurseナース,
そこで 何年も避けていたのです
05:00
soそう he avoided避ける itそれ forために years.
少しの間トラックの
運転をしていましたが
05:02
He drove運転した trucksトラック forために aa little少し whilewhile,
彼の人生は常に
看護師の道へと引き戻されました
05:04
butだけど his life生活 pathパス wasあった always常に
pulling引っ張る him backバック to nursing看護.
アパラチア山脈に住む
看護師として
05:10
Asとして aa nurseナース in theその Appalachianアパラチア mountains山々,
ジェイソンは 救急車が
辿り着くことも出来ない場所へ行きます
05:12
Jasonジェイソン goes行く places場所
thatそれ an ambulance救急車 can'tできない even偶数 get取得する to.
この写真で 彼が立っているのは
かつて道だった場所です
05:16
In thisこの photograph写真,
he's彼は standing立っている in what used中古 to be〜する aa road道路.
山頂にある鉱山のため
道は水で溢れ返り
05:20
Top of theその mountain mining鉱業
flooded浸水した thatそれ road道路,
今では あの家に住む
黒肺塵症の患者を
05:22
andそして now theその onlyのみ way方法
forために Jasonジェイソン to get取得する to theその patient患者
ジェイソンが訪問する
唯一の方法は
05:26
living生活 in thatそれ house
with〜と black lung disease疾患
その小川のような流れの中を
SUVで走っていく事です
05:29
is to driveドライブ his SUVsuv
againstに対して theその current現在 upアップ thatそれ creekクリーク.
私が一緒にいた日は
車の前タイヤの泥除けが外れました
05:34
Theその day I wasあった with〜と him,
we我々 ripped裂けた theその frontフロント fenderフェンダー offオフ theその car.
翌朝 彼は起きると
車をリフトに載せ
05:38
Theその next morning he got持っている upアップ,
put置く theその car on theその liftリフト,
その泥除けを修理してから
05:41
fixed一定 theその fenderフェンダー,
次の患者の訪問に向かったのです
05:42
andそして then次に headed先行 outでる
to meet会う his next patient患者.
ジェイソンがこの紳士を
大いなる思いやりで包み込むように
05:45
I witnessed目撃した Jasonジェイソン
caring思いやりのある forために thisこの gentleman紳士
介護をしている所を目撃しました
05:48
with〜と suchそのような enormous巨大な compassion思いやり,
看護の仕事とは 如何に心を通わす
仕事なのかと 再び心が震えました
05:51
andそして I wasあった struck打たれた again再び by〜によって howどうやって intimate親密な
theその work作業 of nursing看護 really本当に is.
ブライアン・マクミランと
出会った時 彼はまだ新人でした
05:58
Whenいつ I met会った Brianブライアン McMillion百万円, he wasあった raw.
派遣先から戻ったばかりで
06:01
He had持っていました justちょうど come来る backバック fromから aa deployment配備
サンデイエゴでの生活に まだ十分には
落ち着きを取り戻していませんでした
06:03
andそして he hadn'tなかった really本当に settled落ち着いた backバック in
to life生活 in Sanサン Diegoディエゴ yetまだ.
彼はドイツで看護師をしていた経験を
話してくれました
06:08
He talked話した about his experience経験
of beingであること aa nurseナース in Germanyドイツ
戦場から戻って来たばかりの
兵士の手当てをしていたのです
06:11
andそして taking取る careお手入れ of theその soldiers兵隊
coming到来 right offオフ theその battlefield戦場.
多くの兵士達にとって
病院で目を覚ました時
06:15
Very非常に oftenしばしば, he would〜する be〜する
theその first最初 person they彼ら would〜する see見る
初めて見る人は 彼でした
06:19
whenいつ they彼ら opened開かれた
their彼らの eyes in theその hospital病院.
患者達は手足を失って
横たわり
06:22
Andそして they彼ら would〜する look見える at〜で him
asとして they彼ら wereあった lying嘘つき thereそこ,
ブライアンを見て
06:25
missing行方不明 limbs手足,
初めて発する言葉は こうでした
06:26
andそして theその first最初 thingもの they彼ら would〜する sayいう is,
「いつ戻れるんだ?
むこうにまだ仲間がいるんだ」
06:29
"Whenいつ canできる I go行く backバック?
I left myじぶんの brothersブラザーズ outでる thereそこ."
ブライアンは
言わねばなりませんでした
06:34
Andそして Brianブライアン would〜する have持ってる to sayいう,
06:35
"You'reあなたは notない going行く anywhereどこでも.
「どこにも行かないんだよ」
「もう十分頑張ったんだ」
06:37
You'veあなたは already既に given与えられた enough十分な, brother."
ブライアンは戦闘を体験してきた
兵士であり 看護師でもあります
06:40
Brianブライアン is bothどちらも aa nurseナース andそして aa soldier兵士
who'sだれの seen見た combat戦闘.
それで彼は傷ついた退役軍人の
06:45
Soそう thatそれ puts置く him in aa uniqueユニークな positionポジション
気持ちが分かった上でケアを行うという
彼ならではの職に就いています
06:47
to be〜する ableできる to relate関連する to andそして help助けて heal癒し
theその veterans退役軍人 in his careお手入れ.
こちらはシスター・スティーブンです
06:53
Thisこの is Sisterシスター Stephenスティーブン,
06:55
andそして she彼女 runs走る aa nursing看護 home自宅
in Wisconsinウィスコンシン州 calledと呼ばれる Villaヴィラ Lorettoロレット.
ウィスコンシンでヴィラ・ロレット
という老人ホームを経営しています
そのホームでは
全ライフサイクルが見られます
06:59
Andそして theその entire全体 circleサークル of life生活
canできる be〜する found見つけた under her彼女 roofルーフ.
彼女は農場暮らしを望みながら
育ちました
07:03
She彼女 grew成長しました upアップ wishing願う they彼ら lived住んでいました on aa farmファーム,
それで地元の家畜を
引き取る機会を与えられると
07:06
soそう given与えられた theその opportunity機会
to adopt採用 local地元 farmファーム animals動物,
熱心に動物を育てました
07:11
she彼女 enthusiastically熱心に bringsもたらす themそれら in.
春になると 動物達は
赤ん坊を産み
07:14
Andそして in theその springtime,
thoseそれら animals動物 have持ってる babies赤ちゃん.
シスター・スティーブンは
赤ちゃんアヒルやヤギ、子羊を使って
07:17
Andそして Sisterシスター Stephenスティーブン uses用途
thoseそれら baby赤ちゃん ducksアヒル, goatsヤギ andそして lambs子羊
ヴィラ・ロレットの入居者達に
アニマルセラピーを施していますが
07:22
asとして animal動物 therapy治療
forために theその residents住民 at〜で Villaヴィラ Lorettoロレット
時折 自分の名前すら
思い出す事の出来ない老人達も
07:27
who sometimes時々 can'tできない
remember思い出す their彼らの own自分の name,
赤ちゃん羊を抱きしめて
心底喜んでいます
07:30
butだけど they彼ら do行う rejoice喜ぶ
in theその holdingホールディング of aa baby赤ちゃん lamb子羊.
私がシスター・スティーブンと
一緒にいた日
07:35
Theその day I wasあった with〜と Sisterシスター Stephenスティーブン,
07:37
I needed必要な to take取る her彼女 away離れて
fromから Villaヴィラ Lorettoロレット
彼女の物語の一部を
フィルムに収めるため
ヴィラ・ロレットから
連れ出す必要がありました
07:39
to film part of her彼女 storyストーリー.
07:41
Andそして before we我々 left,
私達がホームを出る前に
彼女は瀕死の患者の部屋に入り
07:42
she彼女 went行った into theその roomルーム of aa dying死ぬ patient患者.
患者の耳元で こう言いました
07:46
Andそして she彼女 leaned痩せた over以上 andそして she彼女 said前記,
「今日は出かけなきゃならないけど
07:48
"I have持ってる to go行く away離れて forために theその day,
イエス様がお呼びになったら
07:51
butだけど ifif Jesusイエス callsコール you君は,
行くのよ
07:53
you君は go行く.
イエス様の家に まっすぐに行くのよ」
07:54
You君は go行く straightまっすぐ home自宅 to Jesusイエス."
私はそれを見て思いました
07:57
I wasあった standing立っている thereそこ andそして thinking考え
それは生涯で初めての体験でした
07:59
itそれ wasあった theその first最初 time時間 in myじぶんの life生活
天に赴かせる事で
人々に愛情を示す姿を
08:01
I witnessed目撃した thatそれ you君は couldできた showショー
someone誰か you君は love themそれら completely完全に
見たのです
08:06
by〜によって letting〜する go行く.
無理に引きとめる必要はないのです
08:08
We我々 don'tしない have持ってる to holdホールド on soそう tightlyしっかりと.
ヴィラ・ロレットでは
これまでの私の人生の中で
08:11
I saw見た moreもっと life生活 rolledロールした upアップ at〜で Villaヴィラ Lorettoロレット
遭遇出来なかった
多くの人生と出会いました
08:15
thanより I have持ってる everこれまで seen見た at〜で anyどれか otherその他 time時間
at〜で anyどれか otherその他 place場所 in myじぶんの life生活.
医療に関して言えば
私達は困難な時代を迎えています
08:21
We我々 liveライブ in aa complicated複雑な time時間
whenいつ itそれ comes来る to our我々の health健康 careお手入れ.
「命の長さ」だけではなく
「生活の質」の必要性を
08:25
It'sそれは easy簡単 to lose失う sight視力
of theその need必要 forために quality品質 of life生活,
見失う事になりがちです
08:29
notない justちょうど quantity of life生活.
新たな救命の技術が
生み出されるにつれ
08:32
Asとして new新しい life-saving救命
technologiesテクノロジー are created作成した,
私達の下す決断は本当に
複雑なものになります
08:35
we're私たちは going行く to have持ってる really本当に
complicated複雑な decisions決定 to make作る.
技術は確かに
生命を救いますが
08:39
Theseこれら technologiesテクノロジー oftenしばしば saveセーブ lives人生,
痛みや死のプロセスも
長引かせてしまうのです
08:42
butだけど they彼ら canできる alsoまた、 prolong延長する pain痛み
andそして theその dying死ぬ processプロセス.
一体こういった苦境をどのように
切り抜けるべきなのでしょう?
08:47
Howどうやって in theその world世界 are we我々 supposed想定される
to navigateナビゲートする theseこれら waters?
私達にはどのような助けも
必要なのです
08:50
We're私たちは going行く to need必要
allすべて theその help助けて we我々 canできる get取得する.
病人の枕元で過ごす時間があるため
看護師は 患者の家族と
08:53
Nurses看護師 have持ってる aa really本当に uniqueユニークな
relationship関係 with〜と us米国
実に独特な関係を持つ事になります
08:57
becauseなぜなら of theその time時間 spent過ごした at〜で bedsideベッドサイド.
枕元にいる間
09:00
During thatそれ time時間,
打ち解けた感情といったものが
生まれるのです
09:02
aa kind種類 of emotional感情の intimacy親密 develops発展する.
この夏の8月9日の事でした
09:06
Thisこの past過去 summer, on August8月 9,
父が心臓発作で亡くなりました
09:09
myじぶんの fatherお父さん died死亡しました of aa heartハート attack攻撃.
母は打ちひしがれました
09:12
Myじぶんの mother wasあった devastated荒廃した,
父が存在しない世界なんて
想像すら出来なかったのです
09:14
andそして she彼女 couldn'tできなかった imagine想像する
her彼女 world世界 withoutなし him in itそれ.
4日後に母は倒れ
09:19
Four4つの days日々 later後で she彼女 fell落ちた,
腰骨を折り
09:21
she彼女 broke壊れた her彼女 hipヒップ,
手術が必要になりました
09:23
she彼女 needed必要な surgery手術
気がつくと 母は命懸けで
戦っていました
09:24
andそして she彼女 found見つけた herself自分自身
fighting戦う forために her彼女 own自分の life生活.
もう一度 私は看護師のケアを
09:28
Once一度 again再び I found見つけた myself私自身
受ける側になりました
09:30
on theその receiving受信 end終わり
of theその careお手入れ of nurses看護師 ---
今回は母のためでした
09:33
thisこの time時間 forために myじぶんの momママ.
母は集中治療室に入り
それから更に3日間
09:36
Myじぶんの brother andそして myじぶんの sisterシスター andそして I
stayed滞在した by〜によって her彼女 side
きょうだいと私は
母の枕元にいました
09:38
forために theその next three days日々 in theその ICUicu.
私達がとうとう
母の意思を尊重する事にした時
09:41
Andそして asとして we我々 tried試した
to make作る theその right decisions決定
09:45
andそして followフォローする myじぶんの mother's母親の wishes願い,
自分達が 看護師達の言う事に
頼っている事に気づきました
09:47
we我々 found見つけた thatそれ we我々 wereあった depending依存する
upon〜に theその guidanceガイダンス of nurses看護師.
そして看護師達はここでも
09:52
Andそして once一度 again再び,
私達を失望させる事は
ありませんでした
09:53
they彼ら didn'tしなかった let〜する us米国 downダウン.
母が亡くなるまでの最後の4日間
彼等のケアのやり方は
09:56
They彼ら had持っていました an amazing素晴らしい insight洞察力
in terms条項 of howどうやって to careお手入れ forために myじぶんの momママ
素晴らしい気遣いに
満ちていました
10:01
in theその last最終 four4つの days日々 of her彼女 life生活.
彼等は母に慰めをもたらし
痛みを和らげたのです
10:03
They彼ら brought持ってきた her彼女 comfort快適
andそして relief救済 fromから pain痛み.
私と姉は 母の体に綺麗なガウンを
着せるようにと言われました
10:08
They彼ら knew知っていた to encourage奨励します myじぶんの sisterシスター andそして I
to put置く aa prettyかなり nightgownナイトガウン on myじぶんの momママ,
それは母にとって その後
重要な事になりましたが
10:13
long長いです after itそれ mattered重要な to her彼女,
10:15
butだけど itそれ sure確かに meant意味した aa lotロット to us米国.
私達にとっても
多くの意味がありました
彼等は母の最期に間に合うよう
私の許に来て 起こしてくれました
10:19
Andそして they彼ら knew知っていた to come来る andそして wake目覚め me upアップ
justちょうど in time時間 forために myじぶんの mom'sママ last最終 breath呼吸.
母が逝った後 いつまで私を
病室でそっとしておくべきか
10:25
Andそして then次に they彼ら knew知っていた
howどうやって long長いです to leave離れる me in theその roomルーム
10:28
with〜と myじぶんの mother after she彼女 died死亡しました.
彼等には ちゃんと分かっていました
なぜ分かるのかは 知りませんが
10:30
I have持ってる noいいえ ideaアイディア howどうやって they彼ら know知っている theseこれら thingsもの,
もう一度 彼等が私達を導いてくれた事に
生涯に渡る感謝の気持ちを
10:34
butだけど I do行う know知っている thatそれ I am午前 eternally永遠に grateful感謝する
心から感じているのです
10:37
thatそれ they've彼らは guided案内された me once一度 again再び.
どうもありがとうございました
10:40
Thank感謝 you君は soそう very非常に muchたくさん.
(拍手)
10:42
(Applause拍手)
Translated by Shoko Takaki
Reviewed by Misaki Sato

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About the speaker:

Carolyn Jones - Photographic ethnographer
Carolyn Jones creates projects that point our attention towards issues of global concern.

Why you should listen

Best known for her socially proactive photographs and documentary films, Carolyn Jones creates projects that point our attention towards issues of global concern. From people "living positively" with AIDS to women artisans supporting entire communities and nurses on the front lines of our health care system, Carolyn Jones has devoted her career to celebrating invisible populations and breaking down barriers.

Jones has spent the past five years interviewing more than 150 nurses from every corner of the US in an effort to better understand the role of nurses in this country's healthcare system. She published the critically-acclaimed book The American Nurse: Photographs and Interviews by Carolyn Jones, for which she was interviewed on PBS NewsHour and featured in the New York Times, the Washington Post and USA Today. She directed and executive-produced the follow-up documentary film The American Nurse: Healing America, which was released in theaters nationwide and was an official selection of the 2015 American Film Showcase, a cultural diplomacy program of the US Department of State.

Jones has spent her career focused on telling personal stories, and her first introduction to nursing was through a very personal experience of her own, when it was a nurse who helped her get through breast cancer. That experience stuck with her, so when she started working on the American Nurse Project in 2011, she was determined to paint a rich and dynamic portrait of the profession. The goal was to cover as much territory as possible, with the hope that along the way she would capture stories touching on the kinds of issues that nurses are dealing with in every corner of the country. The project explores the American experiences of health care, poverty, childbirth, war, imprisonment and the end of life through the lens of nursing.

Prior to The American Nurse, her most widely acclaimed book, Living Proof: Courage in the Face of AIDS, was published by Abbeville Press and was accompanied by shows in Tokyo, Berlin, the USA, and at the United Nations World AIDS Conference. In addition to her multiple exhibitions, book and magazine publications, Jones has collaborated on projects with Oxygen Media, PBS and the Girl Scouts of the USA. She founded the non-profit 100 People Foundation for which she travels the world telling stories that celebrate our global neighbors. As a lecturer, Jones has spoken at conferences, universities and events around the globe. In 2012 she was honored as one of 50 "Everyday Heroes" in the book of that title for her work with the 100 People Foundation.

Jones' career was punctuated by two brushes with death: first, running out of gas in the Sahara as a racecar driver, and second, a breast cancer diagnosis. Her newest project, the forthcoming documentary Defining Hope, is the culmination of a journey investigating how we can make better end-of-life choices. 

More profile about the speaker
Carolyn Jones | Speaker | TED.com